らす日記 6号機レストア始まりました


 2024年夏のトピックです。3号機も1号機もレストアが終わり、次に手がかけられたのは“赤い”あの機関車でした。
 楠製作所製「6号機」です。1936年 大阪・楠木製作所製(製造年に諸説あり)。戦前に当時日本統治下の台湾に持っていかれ、基隆炭鉱で石炭運搬に使われていました。1972年に当会が購入し日本に里帰りしました。これまでまきば線主力機として列車をけん引してきましたが、この度ボイラーに不具合が見つかりました。

 このボイラーが製造当初から乗っているものなのか、現役時代に基隆炭鉱で交換されたボイラーなのかは不明ですが、少なくとも50~60年以上は使われたと推定されます。煙管などの部品が劣化してしまい、台湾時代から使われていたボイラーはついに交換です。

 6号機はこれまでに2回大きなレストアがされています。1回目は台湾から日本に里帰りした際に大井川鐵道新金谷駅の工場で、2回目は2000年にまきば線です。3回目の大修理となった今回、7月20日についに最初のスパナが車体に入れられました。
  修理にあたるのは浜松から通うメンバー3人衆のとっちゃん、ぶにゃんさん、I田さん。プロフェッショナルのメカニックです。3号機や1号機もこの「浜松組」3人が中心となってレストアされました。
 煙突やボイラを覆う赤いケーシングが外され、翌21日にはキャブ(運転室)も外されました。6号機はみるみる裸にされていきます。6号機「ハズカシイ!」と言ったとか言わなかったとか、、、

 浜松組の皆様によると、ボイラー以外の部品は思ったほどひどくはないそうです。
 そしてついにボイラーが外れました! 予備のボイラーがないため、今回はボイラー新造となります。図面作成のために採寸もされました。

 3号機よりも煙管が細いことから蒸気圧が上がりにくく「機関士泣かせ」とも言われていたボイラーですが、多くのメンバーが6号機の整備や運転を通して蒸気機関車のことを学びました。注油と車体磨き、煙管掃除、石炭をくべるバランス、給水のタイミング、、、私管理人YSもこれまで色々なことを教わり、感謝と寂しい気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 次に走れるようになるには数年かかるとみられます。しかし蒸気機関車は壊れた部品を交換して、丁寧に手入れをすればいつまでも動きます。きっと元気な姿で戻ってきます!

(記事 : 管理人YS)


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